【奥会津大学】 縄文の風を感じに

奥会津大学案内人養成コース
第7回 テーマ「考古」
生命(いのち)のものがたり ~縄文を歩く~

遺跡15

講師 福島県立博物館専門学芸員 森 幸彦さん
金山町のこぶし館集合です。

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ここには縄文文化からの民俗資料展示室あります。

遺跡17

この辺りに地形や歴史などの話を聞いてから
遺跡のフィールドワークに出かけました。

最初は宮崎遺跡(金山町中川)。
民家の建て替えのときに弥生時代前期
から中期前半(今から2100年前)の
土器がまとまってみつかりました。

遺跡13

集落でそれぞれの歴史を記す「散歩道」を作り
看板をたてています。

P1000655.jpg

発掘調査をしたのは家の敷地だけですが、
田んぼの中は見当がつかない、とのお話でした。

遺跡14

次は寺岡遺跡(金山町本名)。
縄文時代中期(今から5000~4500年前)の遺跡です。

林道敷設工事の際に発掘調査があり
大量の縄文土器のほか、石器、土偶などが
出土しています。

遺跡12

スギ林が遺跡の中心。

この手前に野菜畑がありそこからお宝が・・・・。
地主さんの許可を得て、土器を拾わせてもらいました。

遺跡8

これも土器。

遺跡9

これも土器。縄目が入っています。

遺跡10

こちらはすごく貴重なものらしい。
模様や形から年代や暮らしなどがわかるそうです。

遺跡1

最後に拾った土器を
「これは土器」「これはダメ」と
先生に選別してもらいました。

判断の基準は細工がされているかどうか
ということらしいです。

次に三島町に移動し、
荒屋敷遺跡(三島町桑原)を見た後、
小和瀬(こわぜ)遺跡(三島町桧原)に行きました。
縄文時代晩期の遺跡です。

遺跡5

遺跡は地主である片山さんのお宅から
やぶを抜けた河原にあります。

遺跡6

周りの景色は2500年前と
ほとんど変わっていないと考えられるそうです。

縄文時代の人たちは
どんな思いでこの景色を眺めていたのでしょう?

稲作が始まる前の縄文時代は
蓄えもなく、支配者もいない。
戦争もなかった。

自然の中に生かされていたんですね。

遺跡4

ここでも縄目の入った縄文土器が
河原からいくつも見つかりました。

その中にこれ ↓ が。

遺跡2

石刀、石剣の一部と思われ大変めずらしいそうです。

柳津のダムができ、遺跡全体が水没していましたが
昨年の水害でダムが壊れたため地表に再び現れています。

だから、ちょっと歩いただけで、
いろいろ見つかるんですね。

雨がポツポツ降ってきたので
「帰りましょう」ということになりましたが、
雨が降らなかったらいつまで続いていたことか・・・。

遺跡0

最後に片山さんが「たからもの」を見せてくれました。

石が握りやすいように加工されています。
これも貴重なものだそうです。

小和瀬遺跡では片山さんのおじいさんが
縄文時代晩期の結髪(けっぱつ)土偶と
よばれるものを見つけました。

ほぼ完形で残っているものとして貴重で
現在は東京国立博物館に所蔵されています。

縄文時代の遺跡とともに
普通の生活が営まれていて
なんだかすごく不思議な感じがしました。

そうそう、落ちている土器や石器は
「遺失物」なので届け出ないといけないそうです。

持ち帰ってはいけないんですね。

それと、講師の森 幸彦さんは南相馬市の出身。
信行さんと同じ原町高校の卒業生でした。

今日ご一緒したメンバーの中には
浪江や小高から会津地方に避難している方もいました。

森先生も避難してる方たちも
「只見町に避難している」と言ったら
大変驚いていました。

只見ってそんなにすごいところ?

雪のイメージが強いのかな。
ちょっと笑ってしまいました(笑)。

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